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宗派紹介
禅宗
曹洞宗

本浄寺は、曹洞宗です。
御本山は福井県の永平寺と鶴見の総持寺を両大本山としています。
本寺(親寺)は富山市梅沢町 海岸寺です。
曹洞宗
 曹洞宗は宗祖永平寺開山の道元禅師(高祖承陽大師)様と曹洞宗4代目総持寺開山瑩山禅師〈けいざんぜんじ〉(太祖常済大師)様を両祖としています。
 御本尊は、お釈迦様を仰ぎ両侍として右に文殊菩薩様左に普賢菩薩様をまつっています。この仏様方を釈迦三尊仏としてお寺の中枢である本堂須弥壇上部におまつりしています。
 曹洞宗の教えは、お釈迦様より歴代の祖師方によって受継がれてきた正伝の仏法を基礎にしています。
曹洞宗教義
 わたしたちはみな仏(ほとけ)の子(みこ)であり、生まれながらに仏心を具(そな)えています。しかしそれに気づかずに我がまま勝手の生活をして苦しみや悩みのもとをつくっています。ひとたび仏さまに懺悔(さんげ)し帰依(きえ)するならば、心が落ち着いておのずから生活が調えられて明るくなり社会のお役に立つことを喜び、又 どんな苦難にも耐えて生き抜こうとする信念が生まれます。そこに生きがいと幸福とを発見するのが曹洞宗の教えです。
永平寺
道元禅師は、中国に渡りお釈迦様から代々伝わり達磨大師に到った法(座禅の教え)を中国天童寺の如淨禅師に就いてご修行なされました。
 その後、お釈迦様から代々受継がれた法脈を如淨禅師より授かり日本曹洞宗がここに始まりました。
 日本に戻った道元禅師は、如淨禅師からのお言葉のとおり中央政権から離れ深山幽谷の宇治に修行道場をひらかれました。しかし、幾多の僧兵の焼討ちに遭い修行道場も転々としていました。その道元禅師の苦労をみて教えを重んじていた六波羅探題の波多野公は、志比ノ荘の土地を寄進され、永平寺を建立しました。ここに日本曹洞宗の第一道場が開かれました。
 その後も如淨禅師から賜わった法脈を現在に到るまで代々引継がれています。
 総持寺
 総持寺は、曹洞宗4代目瑩山禅師が開かれました。現在は、横浜鶴見区に大きな伽藍を構え布教の拠点となっていますが、開山当時は石川県能登にあり、祖院として現在も布教道場になっています。
 瑩山禅師は、夢枕に現れたお観音様のお告げを聴きました。「能登の山に諸嶽寺がありその寺の住職になるように」とのお告げでした。それを聴いた瑩山禅師がすぐに能登の地へ足を運び布教道場として諸嶽山総持寺が開かれました。しかし、幾多の火災に遭いこの地を離れ多くの人々に信仰を広めるため現在の鶴見に総持寺を移転してし今に到ります。
座禅

 坐禅は、仏教に入る正門であります。釈尊が、ご出家後の6年の苦行を止め、「ありとあらゆるものの、あるべきすがたを正しく見極める」という立場の坐禅によって、「世の中のすべての存在は仏の姿、さとりとしてあらわれている」という悟りをお開きになったからです。
 坐禅とは、文字の通り、坐る禅ということです。禅とは、梵語で「ゼンナ」という言葉に音を表わす「禅」という文字を当てたものです。意味の上からは、定とか思惟修(しゆいしゅ)などと訳されます。これは、ものごとの真実のすがた、あり方を見極めて、これに正しく対応していく心のはたらきを調えることをいうのです。そのためには、心を一ヶ処に集中しなければなりません。物事の表面の姿、形に執らわれて、好き嫌い、善し悪しの心の動きがあってはできません。このように、環境の事象にとらわれることなく、真実の在り方を見極め、対処して行くことを解脱(げだつ)ともいいます。この解脱の道を体得し、体解(たいげ)するのが禅の真義なのです。

梨畑と田んぼに囲まれ、呉羽山と立山連峰が重なり合って見える風光明媚な地域のお寺です。