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 本淨寺は、今までに二度の火災に遭い多くの伽藍をはじめ古文書や仏像等も焼けてしまい、現在は古老の言伝えしか存在しない。しかし、江戸末期から明治初期にかけての古文書や仏像等が存在することから、最後の火災は江戸末期ごろと考えられる。明治6年の地券が存在するが、同時期に大規模な伽藍の復興を行い、金銭的に苦渋の選択を余儀なくされ多くの土地を手放している。また現在の伽藍は嘉永5年(1852年)の建設と思われる。昭和初期までは、観音堂や鐘楼堂もありその境内の広さは相当のものと思われる。
 ここに本淨寺と近隣の歴史として掲載する内容のうち明治初期以前のものは、言伝えなので正確なものではありません。
御了承ください。
天文19年 1550年 上杉謙信軍が願海寺城へ進攻
天正9年 1581年 織田信長軍が願海寺城へ進攻
天正13年 1585年 豊臣秀吉軍が太閤山に陣を牽き白鳥城・大峪城に先陣前田家武将が陣を置き富山城を攻める
天正16年 1588年 本淨寺が願海寺城址と東老田のほぼ中央、砂川に架かる橋の側に建立される。
開山  陽山文泰大和尚
二世  一外賀純大和尚
三世  海容不着大和尚
四世中興高玄徳純大和尚
1780年頃~1809年 五世  佛山碩苗大和尚 滝脇家先祖傳来の護り本尊秘仏正観世音菩薩を和尚の篤い信心により本淨寺で未来永劫東老田の護り本尊として寄進いただく
以後33年に1回御開帳を行う事になっている
六世  環麟瑞應大和尚
文政5年 1822年 本淨寺火災にて七堂伽藍を焼失
七世  鐡山宗隆大和尚
嘉永5年 1852年10月10日 本淨寺本堂再建
八世  悟山覚了大和尚
明治初期 九世  聯山元芳大和尚
十世  本立探源大和尚
十一世 一法東海大和尚
十二世 鐡山大心大和尚
十三世 函桂聞谷大和尚
十四世 大道弘禅大和尚
十五世 翠?禅巌大和尚
十六世 永巌義弘大和尚
十七世 天巌義憲
十八世 元法崇道
梨畑と田んぼに囲まれ、呉羽山と立山連峰が重なり合って見える風光明媚な地域のお寺です。